資金繰りは今ではなく将来を考える
日本政策金融公庫、民間金融機関、各自治体、独立行政法人福祉医療機構等の貸付は利用されましたか?「今すぐに使わないのに借りたくない。」と借り入れを毛嫌いする経営者もいるかもしれませんが、私は借りられるときに借りておこうとクライアントに説明しています。借りた結果、やはり預金口座に入っているだけのお金になっているかもしれません。しかしこれは、将来の資金繰り悪化に備えた正しい行動です。支払利息は安心料です。9月に入りコロナの新規感染者数の伸びは緩やかになってきました。しかし、冬場に入ったら感染拡大の波が再来するかもしれません。備えあれば患いなしです。
業績の影響が受けやすいのは通所系サービス
特別養護老人ホーム、グループホーム、有料老人ホーム、サービス付き高齢者住宅、居宅介護支援事業はコロナウィルスの影響ではさほど売上は減っていない印象です。訪問介護は逆に売上が増えています。一方で通所系サービスは利用者判断によるサービスの利用控え、事業所判断による3密を避けるための受け入れ調整が行われたため、業績悪化や資金繰りの問題が生じています。そのため、デイサービス、とりわけ単独事業所型は資金繰り悪化に備えて何重にも手当をしておくべきだと思います。
融資をまだ受けていない場合
まだ融資を受けていないのであれば、今すぐに受けるべきです。特に過去に借りたお金があるのであれば借り換えがお勧めです。前年対比で比較対象月の売上が一定割合減少していたら支払利息が免除される措置が用意されています。支払利息がなくなるのであれば、利用しない手はありません。政権が変わればコロナ特別融資制度は見直されるかもしれませんし、年が変われば縮小されるかもしれません。日本政策金融公庫の新型コロナウィルス感染症特別貸付、福祉医療機構の新型コロナ対応支援資金等まだ利用されていなければ一度ご検討ください。
役員報酬の減額
支出の削減も資金繰り向上の一つの方法です。介護サービスの特徴上、人件費が経費の大部分を占めます。そのため容易に削減とはいきません。その結果、役員報酬の減額や役員報酬の未払計上が着手しやすい削減方法となります。役員報酬は、定期同額給与という法人税法上のルールから原則として年に1度しか変更できません。しかし業績悪化改定事由による役員報酬の改定が可能です。国税庁は今回、コロナウィルスの影響で業績悪化した場合(または業績悪化が見込まれる場合)に行う役員報酬の減額を認めるQ&Aを出しました(5 新型コロナウィルス感染症に関連する税務上の取扱い関係 問6及び問6-2)。
ルールとして、①減額は1度だけ、②減額後も年度末まで減額した役員報酬を支払い続ける事、となります。もし業績や資金繰りが好転しても役員報酬の額を元に戻すことはできません。具体的に役員報酬額をいくら減額するかは、顧問税理士を交えて決定してください。
役員報酬は、株主総会の議決事項です。株主=役員となっているオーナー企業が多いとは思いますが、利益調整と勘繰られないように臨時株主総会議事録を必ず作成してください。なお、社会保険では役員の標準報酬月額が変更となる場合に、この臨時株主総会議事録の提出を求められることもあるようです。
役員報酬の未払計上
役員報酬は減額せず、実際に支払う時期を繰り延べる方法もあります。経理処理として役員報酬を未払計上するだけです。この経理方法自体に問題ありません。ただし、決算を超えてこのまま未払計上額が残ってしまうと定期同額給与という主旨から逸脱してしまいます。そもそも支払う意思がない、利益調整を目的としていると考えられてしまうからです。そこで決算前には精算することが重要です。精算するにしてもその時点でも資金繰りが厳しければ支払えません。その場合、いったん支払ったことにして、すぐに会社に貸し付けるという方法が考えられます。つまり役員から法人に対する貸付=役員借入金です。未払計上と異なる点は、源泉所得税が発生する点です。源泉所得税はあくまで支払いがあった場合に初めて納付義務が生じるからです。
役員から会社にお金を貸し付けるので、利息の支払いについて心配される方もいらっしゃいますが、税務上は、役員個人が法人の資金繰りのために貸したという通常の経済的合理性のある取引ではないと考える事から、利息を徴収するべきとはなりません。実際に私のこれまでの税務調査の経験上から役員借入金や支払利息が問題視されて指摘されたこともないことから、認定課税の可能性は低いと考えています。なお、役員報酬を減額せずに未払計上を続けた場合でも、決算後の新年度の役員報酬は実際に支払える額を改めて定めて実際に支払うことが必要だと思います。
役員報酬を見直した場合の注意点
① 共通
住民税は前年度の年末調整や確定申告に基づいて課税されたものであるため、役員報酬の未払計上・役員借入金計上、役員報酬の減額を行った場合でも納付額は影響を受けません。
② 未払計上・役員借入金
社会保険料は役員報酬を未払計上しても納付義務は免れません。そして、未払計上と役員借入金計上は月額変更の対象になりません。未払計上を行った場合、役員からの払い込みがなければ役員負担分の社会保険料は、法人が立替えて納付することとなります。実務的には、立替金と未払金を相殺して処理します。未払計上を役員借入金として精算した場合、実際にはお金はもらっていない状況ですが、源泉徴収票上、年収に含まれることになります。
③ 役員報酬の減額
役員報酬を減額した場合、社会保険料は減額した月から変更されるものではなく、3か月連続して減額された場合に初めて月額変更の対象となります。月額変更が行われれば法人の負担する社会保険料(法定福利費)が減額されるので、資金の留保につながりますが費用(損金)の減少にもなります。
その他の対策・・・資金回収(ファクタリング)
とりあえず今すぐにでも手許にお金が必要になった場合の対策として、介護報酬債権ファクタリングというサービスがあります。従前に契約しておけば、およそ1週間程度で入金されます。介護報酬を10日に請求して1週間後に入金があれば、通常より1か月以上早く売掛金を現金化できることになります。しかしこのファクタリングは、1度利用すると劇的な資金繰りの改善があるまでは使い続けないと資金が回らないという状態になります。次の融資や助成金の入金が見えた段階で一時的に利用するほうが良いと考えています。
参考
国税庁ホーム / 税の情報・手続・用紙 / 税について調べる / 納付等の手続関係 / 国税における新型コロナウイルス感染症拡大防止への対応と申告や納税などの当面の税務上の取扱いに関するFAQ / 5 新型コロナウイルス感染症に関連する税務上の取扱い関係
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kansensho/faq/05.htm
問6業績が悪化した場合に行う役員給与の減額〔4月13日追加〕 及び問6-2業績が悪化した場合に行う役員給与の減額〔4月13日追加〕
1996年、法政大学経済学部卒業
2000年、社会福祉法人に入職後、特別養護老人ホームの事務長として従事する。
2011年に税理士試験に合格し、大手税理士法人を経て藤尾真理子税理士事務所に入所。介護、障害を中心とした社会福祉事業に特化した経営サポートを展開する一方、社会福祉法人の理事や監事、相談役を務める。
著書に「税理士のための介護事業所の会計・税務・経営サポート」(第一法規)がある。
さすがや税理士法人URL: https://fujio-atf.jp/